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高盛とは、まだ神社に床が張られていなかった平安朝以前、
礼式は立礼で神饌も立体的であった姿がその語源と言われている。
高盛は出雲の住民が天使大明神に五穀(米・麦・粟・黍・豆)豊穣を祈念して
秋の感謝の祭事を行う時、海の幸として鰑(するめ)・飛魚・鱪(しいら)など
野の幸として米・豆・芋・大根などを神前に供えていた古事に習い
北白川「天使大明神」が「北白川天神宮」と改められた
1673年(江戸・寛文13年)頃より白川の里人か創製した神事である。
高盛神事の祭式は寛文年間の頃、北白川に住んでおられた照高院宮道光親王が
村人に教示され、今日に伝えられている。
なお、高盛の原型を継承しているのは、奈良の春日大社の摂社・葛城山若宮神社の
春日若宮おん祭り(12月17日)・桜井市の多武峰談山神社・京都にあっては
東寺の御供えとともに、ここ北白川天神宮だけで誠に貴重な風習である。 |