当社は、大国主命と力を合せて国土経営に尽くしたと伝わる医薬、酒造の神、少彦名命を崇神とする産土神である。
 社伝によれば、当初、白川村の久保田の森(現北白川久保田町)の祀られていたが、文明年間(1469〜87)に、足利義政の発願により当所に移された。また、江戸時代には照高院道晃法親王の崇敬を得て、「天神宮」としるした額を賜り、以降、「北白川天神宮」と呼ばれるようになった。
 毎年、十月七日に行われる「高盛御供」は、主々の野菜や魚等を円錐形に積み上げた高盛を、地元の情勢が頭上に被き神前に奉納する豊作感謝神事で、北白川に残る古い伝統行事の一つである。また、十月十日に行われる還幸祭には、御輿が百三十五段の石段を登り、山上の本殿に還幸する。 社宝として、室町時代はじめに御所造営に奉仕賜ったと伝える鉄製の「黒鉾」を蔵している。

                                 (京都市)